第十二章
雨の向こうの灯り
古い温室を訪れた澄子は、雨音の中で長く閉ざされていた手紙を見つける。
- 著者
- 川瀬 澪
- 公開日
- 読了目安
- 約8分
雨は朝から途切れなかった。軒先を落ちる雫は細い糸のように連なり、庭の輪郭を少しずつ遠ざけていた。澄子は濡れた石畳を渡り、祖母が「春まで開けないで」と言い残した温室の前に立った。
鍵は思っていたより軽く回った。扉の内側には土と鉄の匂いが残り、曇った硝子越しの光が、空になった鉢を淡く照らしている。奥の棚には、町の古書店で見たものと同じ深緑の箱が置かれていた。あの日のことは、庭から届いた手紙の記録にも書かなかった。
箱の蓋を持ち上げると、青い紐で束ねられた封筒が現れた。宛名はどれも同じ筆跡で、けれど差出人の名だけがなかった。いちばん上の一通には、「雨が止んだら、灯りの見える場所へ」と記されていた。
澄子はその言葉を指でなぞった。遠くで正午の鐘が鳴り、硝子屋根を打つ雨音が一瞬だけ弱くなる。庭の向こう、長く使われていない離れの窓に、小さな橙色の灯りがともった。